「ミラスタ!」の創立にあたって

 障害のある子の教育に携わって30年以上が経ちました。その間、多くの子どもに出会い、いろいろなことを考えてきました。こんな思い出があります。 


 養護学校で働き始めて、まだ間もない頃、一人の男の子と出会いました。私がまだ20代で、彼は小学部の5年生か6年生だったと思います。当時はまだ土曜日にも学校があり、のんびりしたもので、昼を過ぎても他愛のない話をしながら時間を過ごしていたものです。彼はとても聡明な子で、愛嬌もあり、車椅子に乗りながら友達とキャッチボールをして遊ぶような子でしたが、骨の疾患で頭部が大きく繰り返し手術をしていました。ある日の放課後、二人で話をしていると、彼がこう言います。「僕なあ、キョンキョンのファンやねん」。キョンキョンとは歌手で女優の小泉今日子さんです。当時はアイドル全盛期でした。「コンサートも行きたいねん」、そう言います。私は特に考えもなく「行ったら良いやん」と返答すると、「でもな、僕みたいな人間がいたら、回りの人がびっくりするやろ、だから行かないねん」、そう答えました。まだ若かった私は偉そうに「そんなん君の権利やろ!みんな平等や、行ったら良い!」みたいなことを言った記憶があります。でも彼は行きませんでした。 


 この30年、繰り返し彼のことを思い出します。あの時、どんな返事をすれば彼の気持ちに寄り添えたのか、いまだに答えが見つかりません。単純な否定でもないし、肯定でもない。何が正解なのだろう、もしかすると答えなど無いのだろうかと思ったりもします。そう考えると、障害にまつわる様々な問題を解決していくことは、簡単に答えの出ない、理屈だけではどうにもならないものかも知れません。 


 世界は今、新しいウイルスに遭遇して混乱しています。あちらこちらで、人を苦しめる多くの問題が発生しています。でもその大半は、新しいものではない気がするのです。感染者や医療従事者に対する差別、偏った正義感に基づく自粛警察、国をはじめとする公的機関の不備、生活が苦しくなった人への偏見、どれも、これまでこの国が抱えながら、見ぬふりをして放置してきた問題だと私には見えます。今回の新型ウイルスによる混乱は、この国の問題を浮き彫りにしているように思えます。だとしたら、それを解決する以外に抜け出す道はないのかも知れません。このパンデミックを克服することは、私達がそもそも抱え放置していた問題を克服することに他ならない、そういう見方もできると思います。 


 話が大きくなってしまいました。けれど、この「ミラスタ!」が目指しているのは、結局そういう根本的で大きな問題です。「ミラスタ!」は、障害のあるなしに関係なく、誰もが楽しめる公園造りを目指して発足しました。しばらくは、それを実現するための技術的な課題や、具体的な施策との関わりに奔走するかも知れません。けれど、インクルーシブ公園が、未来のスタンダードになるためには、それを当たり前だとする人の心が必要です。そうした社会につながるものでなければ、いくら美しく面白い公園ができても、やがて次の試練が私達にやって来たとき、また何かの問題が浮き彫りになるでしょう。 障害のある子や家族は、もう辛い思いを充分して来ました。そうした環境の中で、関係者の努力によって、一つずつ前進してきたのだと私には見えます。でもまだ少し、心の中に棘が引っかかっている気もするのです。障害などで線を引くことなく、誰もが楽しめる“こうえん”が出来たときに、その棘が一つでも二つでも取れれば良いと願うし、またそんな景色も見える気がします。 


 「ミラスタ!」を始めた私達の歩みは、様々な問題を抱えるこの世界から見れば、ささやかな一歩です。けれどそれは大切な、そして確実な一歩です。「ミラスタ!」の志に何かを感じて頂けるなら、皆さんの時間と気持ちを、この活動に託してみて下さい。誰もが、自分の受けた生の中で、のびのび自分の人生を歩んでいくことができる社会を築くために。ここに集まって下さる皆さんとの巡り会いが、「ミラスタ!」を強くて優しいものに、きっとしてくれるはずです。


2021年1月

   窓から見える夜明け前の空にきっと朝陽が昇ることを信じて                 

                            西村 猛

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